道徳の授業、急遽代役

2025-11-28 | 八方良しを目指して

ほんもの寺子屋には、素晴らしいお話をしてくださる道徳の授業の先生がいらして、私も勉強になるので生徒と一緒に毎回聴いていまして、先日もその予定だったのですが、朝、先生から高熱があると連絡を受け、急遽、私が代役を務めました。その先生のような素晴らしいお話はできないので、生徒の意見を聴くことを主の授業にしました。

ほんもの寺子屋は、テストや受験のための勉強ではなく、「自分の力で幸せに生きる人を育てること」を目的にしています。
そこで、「幸せ」を主題に授業をすることにしました。
生徒達全員に、「今、幸せ?」と聞いたら、一番学年の下の生徒(ほんもの寺子屋は学年が違う子が一緒に授業を受けています)が、「幸せ。家に住めて、お風呂に入れて、ご飯が食べられて、寝るところがあって。だってホームレスの人は家もないし、大変」と。大人か?(笑)
素晴らしい回答でびっくり。私と同じ考えです。

「どんな時に幸せ?」という質問も全員にしました。
これにも最下級生が、「怒られた後が幸せ」と。なぜ?と聞いたら、
「自分のことを思ってくれて怒ってくれたから」と、また素晴らしい答えでびっくりでした。
私は、以前投稿したように、「今年は海に沈む綺麗な夕日を見た時に、幸せだな~、生きていて良かったと思った」と話しました。

また、幸せを感じるには、人でも組織でも、できていないこと、足りないこと、欠点に目を向けるのではなく、
良いところ、できていること、素晴らしいところに目を向けたほうが良いのでは?と伝えました。

そして、外国に行って、外から日本を見ると、良い点、悪い点が見えてくる、日本では当たり前のことが実はすごいことがたくさんある、と伝え、生徒にも日本の良いところをあげてもらいました。
・治安 ・建築 ・畳 ・物造り ・寿司 ・お米 ・ラーメン ・食事 ・世界遺産 ・品質 ・優しさ ・和服 ・倫理 ・ルールを守る などの意見が出ました。

毎日通って来てくれている「ほんもの寺子屋」の良いところも聞いてみました。
・学年問わず、皆で色々できる
・自由で楽しい
・授業が色々あり、楽しい
・授業がしっかりしている
・学校では行けない所に行ける
・学校ではできないことができる
・先生が教えるのが上手い
・先生が全員優しい
・生徒(仲間)が良い
・コミュニケーション力がつく
・多彩な先生
・美味しい給食(現在は月1回)
・要望が通る
・自分達で決められる
など、嬉しい意見が続々と出ました(ここまでやってきて良かった(泣))。

そして、もう一つ。
人間関係では、「お互い様」という氣持ちが大切ではないか、と伝えました。
他人の欠点やミス、そういうこともあるけれど、完璧な人など、どこにもいない。
でも、とかく人は他人には完璧を求める。
自分も完璧ではないのだから、「お互い様」という氣持ちがあれば、それほど頭にきたりしないし、許すことができる、と。

嫌なことが終わった後の開放感に幸せを感じる、という意見があったので、「嫌なこと、人」についても話しました。
「ほんもの寺子屋」特別顧問の安藤さんが以前お話された「嫌な人がいるのではない。その人を嫌だと思う自分がいるだけ」。聞いた時に、私も同意しました。
安藤さんが仰ったのと同じで、学習も「嫌な授業があるのではない、その授業を嫌だと思う自分がいるだけ」だと。
そもそも嫌だと思わない自分になれば、もっと幸せではないか、と。

私とコラボ講演をした山本光広さんの著書「ちゃぶ台の話」に、「幸せとは?」という章があり、その中の文章(以下)を紹介しました。

「まったく同じ経験をしても「幸せ!楽しい!」と思う人もいれば、「つまらなかった・私は不幸だ」と思う人もいます」

「幸せになれる方法は、「何が起こっても私は幸せなんだ!」と思い込むこと。
起きたことに対して、どういう意味づけをして、どう感じるかは自分で選択ができます。
いつだって自由に、幸せにも不幸にもなれる」

そんな臨時の授業となりました。

その後は、プロの講師の方が作ってくださる美味しい月に1度の給食。
寺子屋の生徒達が作ったお味噌を使った「ほうとう」。役得で私もいただきましたが、寒い季節に温まり、最高に美味しかったです。地元のお味噌屋さんが作った、「味噌かりんとう」も差し入れして、皆に食べてもらいました。私も初めて食べまして、かなり甘さ控え目でこちらも美味しかったです。

帰りの会で今日の振り返りを生徒達に話してもらったら、一人が「保坂先生の授業が楽しかった」と言ってくれて、とても嬉しく、なんとか代役を果たせたか、と思いました。良い生徒・講師の皆様に恵まれ、幸せです。


※聞きとりながら急いで書いたので、字が汚くてスミマセン


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