「怒らないこと」その6 赦す・依存しない・毅然

2023-06-27 | ほさか式幸せ生活

 連載6回目。今回は大事な3つの話を取り上げます。

「人が何をしようとも、どうなろうとも、私はその人を赦します。その人を拒絶せず、愛情を持ちます」とすべてを赦す気持ちになれたら、その人の心は愛情と幸福だけでいっぱいになる。大切なのは「赦す」という行為」
↑ 他人を赦せるかどうか、「器の大きさ」が問われます。

その2でも書いたように、
人は誰もが完璧ではなく長所・欠点があり、ミスやうっかりすることもあります。にもかかわらず、なぜ長所や良い点・良い行いには目を向けず、欠点や失敗ばかりあげつらうのか?事情も知らず、100のうち1しか見ていないのに他人を判断、批難するのか?レッテルを貼るのか?
他人には完璧を求め、他人が思い通りに動かないとイラつくのか?責めるのか?赦せないのか?考えが違うのが当然なのに、考えが違うだけで人を遠ざけるのか?
そもそも、他人を裁くということができるのか?赦さないということは裁いているのですから。
権力に対しては別として、今の日本は「人を赦せない病」が蔓延しているように見えます。すぐにキレたり、他人をやりこめたり、縁を切ったり。

とにかく、小さなことで人間関係が閉ざされることは残念なことです。ご縁で人生が変わっていく経験を何度もしていますし、誰からも学ぶことはあるからです。基本、私から縁を切ったり、他人を拒絶することはありません。逆はありますが(笑)。

「些細なことで分断される」ことも、ほとんどの人は氣付かないうちに支配者に制御(コントロール)され、罠に嵌っているのだと思います。その4で書いたように、些細なことを「些細ではない。大事(おおごと)だ。」と思ってしまっているのです。

彼らは私達が繋がって力を合わせることを最も恐れています。皆が支配者に誘導されて支えることを止め(添付2枚目)、従わず(添付3枚目)、圧倒的多数派の私達が協力できれば、あっという間に支配は終わりますから。分断の種は無数に撒かれ、無数の分断の仕掛け(例 選挙など)がなされています。仲良くやれば良いのに、いがみ合う必要などないのにそうさせられ、戦う必要など無いのに戦わされている。彼らの思う壺です。



「これがある限りは幸福だ」と思っている。では、その何かがなくなったら、どうなるでしょう。今度はすごく不幸を感じることになってしまう」
「何があろうと拒絶せず、状況を受け入れて楽しむこと。心の持ち方次第でどうにでもなる」
「~がない、いないと幸せではない、生きていけない」は、依存ですね。助け合うこと、協力することは大事ですが、どんな状況でも感謝の氣持ちを持ち、その状況を楽しむこと、前向きに明るく生きることが幸福に過ごす術(すべ)かと。


間違ったことに対しては、NOということは必要ですが、人にしてもやることにしても、「嫌だ」「嫌い」「楽しくない」と思うかどうかは、その人次第。添付のように、することの中に楽しみを見つけていく、することを楽しめるようになることが楽しい毎日を送ることに繋がると思います。
トイレ掃除をやることになった時に、「嫌だな~」と思いながらやるのと、「よっしゃー、日本一綺麗なトイレにしてやる!」と思ってやるのでは、全然違いますね。



「何を言われても「どうぞご勝手に。ご自由に」。それでも攻撃してくるなら、「二度とそういうことをするな。今度したら、私もそれなりに対応する」ときつく言ったほうがよい。怒らずに智慧や知識を使って「同じことをしたら、私もしっかりやり返しますよ」と言う」
しつこい人への対処方法。勉強になります。









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