生きていれば111歳

2019-08-30 | その他

 今日8月30日は、1908年(明治41年)生まれの歌人だった祖父・保坂耕人の誕生日です。
94歳で亡くなり、今年は17回忌の年です。そんなこともあり、以前、前田友和さんが祖父のことを書いてくださった記事を以下に紹介します。


【山梨トリビア1894】

 保坂耕人は、教育者として半生を過ごしています。

1899年に佐佐木信綱の主宰により創立された歌人のコミュニティ「竹柏会(ちくはくかい)」が発行する「心の花」に短歌を投稿しつつ、教員としては中巨摩郡西野小学校長、中巨摩郡敷島中学校長などを務めるほど、長く山梨の教育に携わりました。歌人としての耕人ではなく、教師としての耕人を知る人も相当いらっしゃるわけです。

ちなみに、白州小学校の校歌は彼が作詞を行っています。今でも校舎の敷地には歌碑があり、保坂耕人の名が刻まれています。

1.甲斐駒の真上の白い雲
  世界につづく空がある
  山河すがしいこの町に
  夢も希望も新しく
  学ぶわれらの白州小

2.尾白の流れいく千年(ちとせ)
  遠い教えのこえがある
  歴史ゆかしいこの町に
  心正しくたくましく
  学ぶわれらの白州小

3.のぼる朝日のさわやかな
  光にそよぐ風がある
  恵みゆたかなこの町に
  精気あふれて、たゆみなく
  学ぶわれらの白州小


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