店主・保坂浩輝(私)の祖父・保坂耕人の命日である昨日(6月20日)、保坂耕人文学館開館式・保坂紀夫竹の造形美術館20周年記念・文学館杮落とし講演(保坂浩輝の「八方良しを目指して」)を行いました。今回は主に近親者を招いての会です。
午前10時~の開館式は、ご来場の皆様のご紹介、孫である私の挨拶、私による展示品の説明、孫(私のいとこ)・篠原敏夫様のご挨拶と祖父の思い出話(写真1枚目)。そして観覧していただきました。
10時30分~は美術館に移動して、保坂紀夫の竹の作品の紀夫の息子(浩輝(私))による解説ツアー(写真2枚目)、紀夫の同級生・友人の村上哲彌様による紀夫との想い出話(写真3枚目)、紀夫の竹の教室の元生徒・野沢義秀様による紀夫の作品や制作についてのお話(写真4枚目)の後、紀夫の生前の映像をご覧いただきました。
野沢様のお話では、「紀夫先生は竹使い」「竹が紀夫先生の言う事をきいてしまう」というお言葉が印象に残りました。
山栗食堂さんの美味しい昼食、13時~は文学館の杮落とし企画、保坂浩輝・講演体験会「八方良しを目指して」を開催(写真5枚目)、と保坂家3世代の活動を体験・体感していただきました。
昨日は、私の人生の中でも大きな節目となる1日となりました。父・紀夫の遺言とも言える「耕人の文学館を創りたい」、を父の死後9年経って、ようやく実現することができたこと、父・紀夫の美術館が20周年を迎えられたこと、祖父の文学館の最初の企画、杮落としに孫である私が13年間練り上げてきた講演体験会「八方良しを目指して」が、開催できたこと。
20日が祖父の命日ですが、この企画で行けないので、前日19日に墓参りに行きました。お墓には祖父の短歌の石碑があります(写真6枚目)。
放念の かなたに浮かぶ 雲ひとつ 甲斐に生まれ 甲斐に死ぬべき
保坂家の子孫・長男として、一つお役目は果たせたのか、と思います。保坂家に生を受け、この特別な1日まで生かされてきたことに改めて感謝です。
そして昨日、ご出席の皆様にもお伝えしましたが、耕人・紀夫を支えた紀夫の妻=私の母、英美子の存在の大きさ。
耕人の妻=私の祖母・美根子は、長い間、施設に入っていたので、英美子が祖父の世話や介護もしていました。
祖父の晩年の作品・父の作品は母なくしては生まれなかったと言えるでしょう。
私に対しても、無償の愛で育ててくださいましたし、店も私と24年間一緒に運営し、幸せな時間でした。
文学館の改装は、「甲斐の匠おだぎり」さんが丁寧な仕事をしてくださり、祖父の短歌を表具師・石部尚樹さんが軸装や額装してくださり(写真1・8枚目)、入口の楓の木の看板は宅建社の小澤様にご用意いただき、書家・石原美歩さんに書いていただきました(写真7枚目)。皆様のご協力があって、記念すべき日を迎えられ、結実しました。
心より感謝申し上げます。
また、UTY(テレビ山梨)さんに取材をしていただき、昨日18時50分~と23時25分~のUTYニュースで紹介していただきました(写真8枚目)。山梨日日新聞さんは、21日の新聞17面でご紹介いただき(写真9枚目)、フリーペーパー「なないろ7月号」にも掲載していただきました。こちらも感謝です。
父・紀夫の友人・村上哲彌様より、メッセージをいただきました。
「昨日は、お招きいただき、有難うございました。練りに練った大切な良き1日、(講演会では)貴君の思いの丈ー竹ーも識ることができました。有難うございます」
父が竹の作家だったので、丈と竹をかけてくださった!のですね。
紀夫の竹の教室の元生徒・野沢義秀様(現在は竹の教室の先生をなさっています)より、
「有意義な楽しいひとときでした。ありがとうございました。浩輝さんの竹の解説ツアーは勉強になりました」と。竹の先生に仰っていただき、恐縮しました。
午前10時~の開館式は、ご来場の皆様のご紹介、孫である私の挨拶、私による展示品の説明、孫(私のいとこ)・篠原敏夫様のご挨拶と祖父の思い出話(写真1枚目)。そして観覧していただきました。
10時30分~は美術館に移動して、保坂紀夫の竹の作品の紀夫の息子(浩輝(私))による解説ツアー(写真2枚目)、紀夫の同級生・友人の村上哲彌様による紀夫との想い出話(写真3枚目)、紀夫の竹の教室の元生徒・野沢義秀様による紀夫の作品や制作についてのお話(写真4枚目)の後、紀夫の生前の映像をご覧いただきました。
野沢様のお話では、「紀夫先生は竹使い」「竹が紀夫先生の言う事をきいてしまう」というお言葉が印象に残りました。
山栗食堂さんの美味しい昼食、13時~は文学館の杮落とし企画、保坂浩輝・講演体験会「八方良しを目指して」を開催(写真5枚目)、と保坂家3世代の活動を体験・体感していただきました。
昨日は、私の人生の中でも大きな節目となる1日となりました。父・紀夫の遺言とも言える「耕人の文学館を創りたい」、を父の死後9年経って、ようやく実現することができたこと、父・紀夫の美術館が20周年を迎えられたこと、祖父の文学館の最初の企画、杮落としに孫である私が13年間練り上げてきた講演体験会「八方良しを目指して」が、開催できたこと。
20日が祖父の命日ですが、この企画で行けないので、前日19日に墓参りに行きました。お墓には祖父の短歌の石碑があります(写真6枚目)。
放念の かなたに浮かぶ 雲ひとつ 甲斐に生まれ 甲斐に死ぬべき
保坂家の子孫・長男として、一つお役目は果たせたのか、と思います。保坂家に生を受け、この特別な1日まで生かされてきたことに改めて感謝です。
そして昨日、ご出席の皆様にもお伝えしましたが、耕人・紀夫を支えた紀夫の妻=私の母、英美子の存在の大きさ。
耕人の妻=私の祖母・美根子は、長い間、施設に入っていたので、英美子が祖父の世話や介護もしていました。
祖父の晩年の作品・父の作品は母なくしては生まれなかったと言えるでしょう。
私に対しても、無償の愛で育ててくださいましたし、店も私と24年間一緒に運営し、幸せな時間でした。
文学館の改装は、「甲斐の匠おだぎり」さんが丁寧な仕事をしてくださり、祖父の短歌を表具師・石部尚樹さんが軸装や額装してくださり(写真1・8枚目)、入口の楓の木の看板は宅建社の小澤様にご用意いただき、書家・石原美歩さんに書いていただきました(写真7枚目)。皆様のご協力があって、記念すべき日を迎えられ、結実しました。
心より感謝申し上げます。
また、UTY(テレビ山梨)さんに取材をしていただき、昨日18時50分~と23時25分~のUTYニュースで紹介していただきました(写真8枚目)。山梨日日新聞さんは、21日の新聞17面でご紹介いただき(写真9枚目)、フリーペーパー「なないろ7月号」にも掲載していただきました。こちらも感謝です。
父・紀夫の友人・村上哲彌様より、メッセージをいただきました。
「昨日は、お招きいただき、有難うございました。練りに練った大切な良き1日、(講演会では)貴君の思いの丈ー竹ーも識ることができました。有難うございます」
父が竹の作家だったので、丈と竹をかけてくださった!のですね。
紀夫の竹の教室の元生徒・野沢義秀様(現在は竹の教室の先生をなさっています)より、
「有意義な楽しいひとときでした。ありがとうございました。浩輝さんの竹の解説ツアーは勉強になりました」と。竹の先生に仰っていただき、恐縮しました。























