デジタル化・キャッシュレス化は、そうなったほうが儲かる・都合が良い人達が推進しています。
海外では止めているギガスクール推進・制限している子どものスマホやゲーム・ユーチューブなどを日本が制限しないのは、子ども達を犠牲にし利用して儲ける=利権(ギガスクールも外資の利益)のためです。
先日、中学生が目から10cmの距離でずっとスマホをやっていました。よほど「近くで見るのはやめたほうが良い」と言いたかったです。やっと見るのをやめたので、良かった、と思ったら、今度はズボンの前のポケットにしまう。それも絶対やってはダメ!子どもが生まれなくなります。
スマホ老眼など子ども達の目の病氣も激増しているようです。
「スマホ内斜視」子供が急増
https://news.nifty.com/topics/12378/250810856346/
幼児の子守りをスマホにさせているのを見ると、日本は終わりだな、と思うのです。
親が子どもに悪影響があることをやらせているのですから。
産まれるとK2シロップ。赤ちゃんの時から鬼のような計画の予防接種。共に通勤する形態での夫婦共働き。マスク。義務教育。
「主体性が育たない」
https://www.instagram.com/reel/DLFNCrTz5n_/
核家族。
子どもを犠牲にする社会。江戸時代とは真逆の社会です。
AIは莫大な電力を使用しますので、環境保護に逆行しています。
子どもの頃から、チャットGTPやAIに頼ることは、子どものためになるでしょうか?
子どもに、楽をさせるのは、子どものためになりません。
そもそも、デジタル化やAIは、人を幸せにするのでしょうか?ないと困るものでしょうか?
なくても人は生きていけます。というよりも、有史以来、生きてきました。
「人は自然から離れれば離れるほど幸せから遠ざかる」のが本質。
だから、私はチャットGTPやAIを積極的に使おうと思いませんし、逆に危険なものだと考えています。
依存するからです。
このままでは将来は機械に支配される可能性も高いのではないでしょうか?
できることと、それをやって良いか、は別の話。
できるからといって、やって良いか?を考える必要があります。
便利になればなるほど、人は退化します。
明らかに、今の日本人は、私も含め、先人に比べ退化しています。
感性・感受性も鈍りました。
子どもに刺激が強いもの、楽をして楽しめるもの、依存、中毒になるものを与えてはいけない、という原理原則。
自然体験や経験が乏しいうちに、ゲームやスマホを与えてはいけない、ということです。
「発達障害と診断される子どもが増えているのは、乳幼児期からのYouTubeや携帯で見せる動画の影響がかなり濃厚」(清流みずほ保育園・加納大裕園長)
「目の付け方間違ふて、家法を古式と心得て除け置き」(原理原則というものを古いものとして除けてしまう)
佐藤一斎「重職心得箇条」を読む 安岡正篤著
デジタル化や便利なものを求め続けてきた結果、大切なものを失った、と思います。